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カテゴリ:自己認識( 6 )
紳士になる方法?
フラットメートの男性、コメットのお父さんの知人のお子さんが、よくフラットに遊びに来ます。

2か月程前に中国から渡ってきた、15歳の少年。語学学校に入っており、ファッション大好き、見た目重視、将来歌手志望、ミーハーそのもの、元気いっぱいの少年です。

そんな彼、コメットと友人がパブへ出かける際に、まだ未成年だからということで、一人フラットに置いてけぼりに。夜、自分の夕食を作りにキッチンに入ると、一人でコーラとお菓子を食している模様。15歳の子どもを、夕食も作ってあげずに放置とはっ! ということで、彼の分も含めて夕食を作り、一緒に食事していたところ、質問を受けました。

少年「僕は紳士になりたいのだけど、どうすればいいの。」

マイワールドな上、普段より長めですが、ご関心のある方はこちらから。
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by gwenlondon | 2006-04-01 07:58 | 自己認識
なぜ、誕生日を祝うの?
そういえば、昨日ユーと語っていた時に出てきた話題で、すごく疑問が残っていることがあります。

それは、「新年やクリスマス、はては誕生日を祝うことは、形式的なものであって、別にそれらを特別な日とする意義が理解できないという」彼女の意見。

ユー曰く:「新年や誕生日は何故特別な日なのかしら。なぜプレゼントを交換したり、しなくてはならないの。私は特別なことを何もしない。だいたい、ロンドンの大晦日にカウントダウンのために人が沢山集まり、大騒ぎをする人の気が分からない。何が嬉しくてギューギュー詰めの人だかりの中に入らなくてはならないのか。そのようなイベントに参加することは苦痛である。」

私:「個人差は確かにあるでしょうが、そのような考え方は少数派では。ユーの母国ならば、旧暦のお正月を祝うことを風習としていると思うが、こういう日を大切な日だと思って、過去の人たちが引き継いできたのだと思う。毎年あるそういった記念日は、自分の生活を振り返ったり、季節を感じたり、自分のターニングポイントになったりするよ、少なくても私にとってはね。」

ユー:「まぁ結婚記念日は大切ね。結婚は生活の中でも重要なターニングポイントであるから。でも誕生日は、ただこの世界に生まれてきただけじゃない。その前から母親のおなかの中に存在していたのよ。誕生日がどうして特別なの。もし友人や家族が誕生日を祝ってくれない環境にあったら、あなた自分で祝うの? 何が理由で祝うのよ。」

私:「Ummm、そうねぇ。誕生日はもしかしたら社会的な要素もあるかもしれない。イギリスにいる間、私は誕生日を1人で迎えることになると思うが(社会人経験者だし、何となく人には言わないでおこうかと…)、その日にはきっと小さなケーキを買って、1人であっても、寮で食べて自分で祝うと思う。私は季節ごとのイベントに敏感でいたいと思うが、それは、日本には四季があって、それを肌身で感じながら生活するのが週間となっていることもあると思う。でも、ユーの故郷は常夏の国で季節がないから、その時々のイベントに対する考え方は、ユーと私とは違うのかもね。誰もが自分のことを自分では特別な存在であると考えていると思うが、それは感情的なものも入ってくると思うし、自分の誕生日が特別であることは、似たようなものなのでは。そして、あなたが言うように、全ての物事を理由をつけて説明することは不可能である。」

ユー:「自分の存在は特別ではあるが、それと生まれたことは別。また、人によっては、新年をターニングポイントとすることで、『では、勉強は新年から始めよう』とか『ダイエットはクリスマスの後から』という説明をする人がいるが、そのように日にちに依存しすぎるのは危険である。だいたいクリスマスは、キリストが生まれた日じゃない。キリスト教徒ならまだしも、なぜあなたが祝うの。それに、全ての物事は説明可能だわ。」

私:「まぁ、クリスマスをお祝いするのは、お祭りみたいなものではあるけれど…。私は全ての物事を説明できるとは思わない。人を愛することなんて説明できないじゃない。」

ユー:「人を好きになることについては、説明可能。あなたも分かっているはずよ。なぜなら、その人がniceだから好きになるのよ。場合によっては、相手が私を好きだから、私も好きになるってことがあるかもね。」だって。

私:「違うよー、好きになるのは理屈じゃないよ。だいたいniceって概念自体非常にとらえがたい定義で説明になっていないじゃない。まぁ、時には好きになった理由を説明できる人もいるよ。でも…」とここで口を閉ざしてしまいました。

彼女に自分の考えを上手く説明し、説得できなかったけれど、私にとって、誕生日は特別です。新年も。でも、これについて理由をつけることができません。ただ心の中で、その日がスペシャルだと思っているだけです。このような考えが生まれたのは、どうしてなのでしょう。生まれた時から現在に至るまで、周囲の環境がそれを祝っているのを見てきて、小さい頃から心に自然と植えつけられたものなのか、それとも他の理由があるのでしょうか。ユーの言い分も理解できるし、筋は通っていると思います。でも、彼女の考え方で日々を生活していたら、味も素っ気もない毎日になってしまう気がしました。もちろん、個人個人によって感じ方は異なると思いますが…。

自分の心さえも説明できず、ちょっと不完全燃焼な議論だったのでした。
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by gwenlondon | 2006-01-11 04:25 | 自己認識
HNバトン
最近気になっていたステキな方、ライさんからHNバトンいただきました。
頑張って答えてみます。

Q1 あなたのHNは何ですか?
gwenlondonです☆ よろしくお願いします♪

Q2 由来は何ですか
学生時代に入っていた英語劇のサークルで演じた役名がGwendolyn。略してGwen。そして今、Londonにいるから、Gwenにつなげて、Gwenlondon。とても単純です…。

Q3 差し支えなければ本名をお願いします。
差し支えありますよ~。
書いたら私が何者か、私の名前を知っている人(元クラスメートとか同僚とか)は確実に分かってしまいます。どちらかというとめずらしい名前です…。

Q4 過去に使っていたHNは何ですか
Gwendolyn。まさに上記に書いた通り、役の名前をそのままつけていました…。ということは今度Tokyoに戻ったらGwentokyoになるのかも…??

Q5 過去に付けられていたHNは何ですか
ないです…。私の名前、相当あだ名がつけづらくって、そのままで呼ばれていました…。

Q6 今までに「この名前かわいい」と思った名前は
キャサリンってかわいいですよね。最後が「ン」で終わるのがいいのかも。
特に、英語でCatherineと発音するときの「th」の発音が私的にはすごく好き(変?)

Q7 一番大切な恋人には何とよばれたいですか
カワイイあだ名なら何でもOKです。そして呼ばれて「ん~?」とか返事したいですね。

Q8 HNと本名どちらが好きですか
Gwenlondonって、名前にすると変なので、本名に軍配! 実際本名は大好きですよ。というのも、けっこうめずらしい名前だけど、それがちょっと自分に特別与えられた感じがしていて。

Q9 生まれ変わってもその本名でいたいですか
じつは本名、好きなので、同じ名前でも可♪でも、もしヨーロッパとかアフリカとかで生まれたら、CatherineとかGwendolynとかそんな感じの名前がいいです。

Q10 次にバトンを回す5人
これ全部読んでくださった方、どうぞ持ち帰ってくださいませ。でも、最近気になる人で、しかもまだこのバトンを受け取っていない方2人を指名させてくださいませ。

カナダ生活♪のfalls_niagaraさん
いつも示唆に富むサイトを拝見しております。

脳内ラテン革命のserv1ce2005さん同じイギリス留学中の学生さん。お互いに学期末を乗り越えましょうね。

読んでくださってありがとうございます♪
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by gwenlondon | 2005-12-05 07:10 | 自己認識
季節感を忘れずに過ごすこと
a0055525_8353691.jpg今日、郵便局に置いてあったホスピスへ寄付される募金箱の側に、クリスマスのオーナメントがあり、それがかわいらしいので、オーナメントを目的に、1ポンドを募金しました(お恥ずかしい)。固く圧縮された型紙で作られているので結構丈夫です。これを自分の部屋の外側に飾ろうかなと思っています。

これを入手したとき、クラスメートと一緒だったのですが、彼女に「勉強で毎日が流れるように過ぎていくけれども、一年を通じて日本であれ、イギリスであれ、色々な季節ごとのイベントがあるので、そういったイベントをきっかけとして、季節を感じて過ごしていきたいのよ~」という話をして、彼女に3月3日は女の子の成長を祝う「ひな祭り」が、5月には「こどもの日」、9月の「中秋の名月」、11月の「七五三」などのイベントについて説明しました。

季節感は、私にとって気持ちを豊かに過ごすのにとても大切な要素だと思います。元々は、母がひな祭りの時には小さなお雛さまとお内裏さまを飾ってくれたり、その時々の季節に合わせて部屋を飾ってくれたから、その良さを感じる機会を得られたのだと思います。そのおかげか、クリスマスにツリーそのものを飾るのは子どものときだけで今は飾っていませんが、去年はオーナメントを職場のデスクに置いたり、今年は上記写真のオーナメントと郵便局で購入したツリー型ろうそくを部屋の隅に飾ったり、というのを、自然とするようになりました。それと、街を歩いていても、木々の様子が変わっていくのを見るのが結構好きで、大学生のときはキャンパス内のいちょう並木が緑から金色へ、そして枝だけになって校舎が丸見えになり、春休みが終わる頃には緑が戻ってくるのを見ては、ささやかな幸せを感じていました。こうすることで、さっそうと流れていく日々の時間を少し止めることができて、自分の状態を確認したり、気持ちに余裕が出てくる気がするためでしょうか。

でも、熱帯の国から来たこのクラスメートの感想は、「へぇ~、哲学的なのね」という一言で終わってしまったの。まぁ、こういう考えは誰もが持っているわけではないし、持たなくてはならないわけでもないからね。

3日ほど話をしていなかったアキさんに帰宅後電話して、季節感の話をしたら、アキさんが、「こういった季節の変化に敏感になれるのは、もしかしたらはっきりした四季のある国の人だけかもしれないね」と言っていてなるほどと思いました。確かに、そのクラスメートは常夏の国の出身。季節もなにもないから、季節感を感じる時はないですものね。

四季のある国に生まれてちょっと得したと思ったのでした。これも、もしかしたら、異国で生活しないと分からない自分の中にある文化なのかもしれません。
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by gwenlondon | 2005-11-30 08:52 | 自己認識
ロンドンで「和」を体現する
「行儀よく振舞う、場の空気を読む。」アキさんが自分の行動をネガティブな意味を込めてこう表現していました。これはとっても日本的な価値観かもしれません。でも、とてもいい価値観だと思います。これをロンドンでの生活で実践することは何ら恥じることではないし、逆にイギリスに来たからって、イギリスにいる人たちと同じように振舞う必要はないでしょう。持っている価値観とか文化って、誰もが納得する定義を付けることができないのですが、これって外国に住んだり、近所に住む外国からの人と交流したり、職場で外国から来た同僚と交流したりする時に、特に意識させられるもので、且つ、自分は何者なのかという問題に関わってくるものだと思います。

時々忘れることもありますが、私は基本的にお茶で学んだ型とお茶の心を現実の世界でも適用していきたいと思っています。日本にいたときに、実は茶道を5年ほど習っていたのですが、その時に感じたのは、型のある振る舞いはとても美しいということ。お茶を点てるときの動き、お茶碗を差し出す動き、動と静のコントラスト、何もかもが型にはまっているってぎこちなさそうに聞こえるけれども、それが自分のものとしてなじんでくると、本当に美しく見えます。

(ちなみに、別に「お茶の心得を修得した」と言っているわけではありません。5年というほんの短い間、お茶から感じたことで、生活に反映させようと思っていることを書いてます。)

相手が良い気分でいられるよう配慮しつつ、でもそれを必要以上に表立って見せない、影で控えているべき部分ではそのように振舞う。相手をおもんばかる「心」。日本的な作法ではあるけれども、こういうものを自分の型として、べースとして、持って日々を生活することは、それを理解できる相手からの尊重も得られるのではと思いますし、何よりも、品位を感じて過ごすことにつながると思います。郷に入れば郷に従うのは当然だけど、その社会での文化や規則とは関係ないところに、この「自分の型」は存在すると思うのね。自分の芯というか核というか。異なる文化圏で生活しても見失わずに持ちつづけたい、行動の型。つまりは「自分」を見失わないということにもつながると思います。

私のクラスでは、イスから滑り落ちそうな体勢で座って先生と話しているのを見ると、えーっと思います。これ自体、別に他人の行動であり、はっきりいってどうでも良いのですが、「自分」はそういういことはしない、ということ。
先生にお会するときは、敬意を払った態度をする、ジーパンを穿いて面会しない、ふんぞり返らない、資料などを渡すときは両手で渡す。これは自分の「型」から生まれた行動であり、こういう風に相手に敬意を表していきたいと思うのです。小さなことだけど、そういう小さなことこそ、私的にはずっと続けていきたいですね。何よりも、自分にとって気持ちが良いから。そして、そういうことが理解できる人と友人になりたいと思うから。

それが、大学院のクラスメートで仲良くなったユーだったりします。別に彼女に、「私の型が理解できる?」と聞いたことはないけれども、彼女は相手を相手として尊重できる人だと思うからね。(ちなみに、私のフラットでは絶対にありえませんが)

自分の持つ文化とは異なる文化圏で、品位を保って日々を過ごせるかどうかは、他人の判断ではなく、結局自分の心構えによるのでしょうね。

機会があればお茶をしたいなぁと、フッと思った火曜日の夜でした。お茶が恋しい…。日本にいたときに過ごした茶道教室での時間は、日々の雑事を忘れさせ、心をリセットさせてくれるものだったから。茶道の先生にクリスマスカードを書かないとね。
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by gwenlondon | 2005-11-23 04:18 | 自己認識
日本で生まれ育ったことを認識する時
今日もアキさんとCatherine Dockの付近を散歩しましたが、その時に、日本の文化の中で育った人がイギリスに滞在し、生活をしている中で、どんなときに自分は日本人であると認識するかということを話しました。

例えば、私の受講する国際関係理論のセミナーの先生は、その分野では権威がある人なのですが、そんな先生の前で足を投げ出し、ふんぞり返って発言するイギリス人(と思われる。アクセントからして)の学生を見ると、相手がどんな先生であれ、先生に対して私は絶対こんな行動をとらない、と思う。でも、どうしてそう思うのだろう。

だれかに、「先生の前で足を投げ出し、ふんぞり返ってはいけない」といわれたわけではないのに、それをしてはいけないと「常識」が働いています。じゃーその「常識」はどこで作られたの? 社会? 文化? 社会って何? どう作られているわけ?

当たり前のことを当たり前であると受け取っているけれど、誰が当たり前って決めたの? 日本では上記の行動は基本的にありえないと思うけれども、国が変わるとありになるのはなぜ? 私はこんな行動をとらないと思うということは、ネガティブな気持ちが働いているということ。どうして、そのような気持ちが働くのだろう。

まぁ、答えは出ずに今日も解散したのですけどね。

ちなみに、ロンドン塔の外壁の外に、今スケートリンクが立っています。散歩の途中で、そこでチョコレートドリンクを飲みながら、スケートをしたのは高校生のときが最後だね~と、一緒に年を感じて帰路についたのでした。
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by gwenlondon | 2005-11-21 11:07 | 自己認識
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ロンドンに留学していた大学院生です。こちらで見た面白いもの、経験を記録してきましたが、帰国により、ロンドンからの発信は終了となります。これまでありがとうございました。m(_ _)m
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