カテゴリ
ロンドン一般
勉強
生活
Experience UK
ワールドカップ 2006
自己認識
試験期間中...φ(。。;;)
今日の出会い
ボローマーケット
グラスゴー
グリニッジ
統計から垣間見るイギリス
クリスマス2005
自己紹介
ロンドンはただ今…
ライフログ
「紛争は、必ずしも悪いものではない」…本当?
6月19日(月)
ロンドン 曇り

今日は久しぶりに1日涼しい日でした。気温も18℃~22℃くらいを前後していて、7分丈のシャツを着てちょうどよいくらい。

今日はカメラを持ち運び忘れて、ロンドン画像がなく、すみません…。

久しぶりに、指導をしてくださる先生であるスーパーバイザーにお目にかかりました。目的は、修士論文のアウトラインを作るための相談です。

修士論文について、紛争後の国の復興支援をする上で、現場国の文化があまりにおろそかにされている、ということについて書く予定です。

まだ草稿段階ですが、過去に、紛争後の平和構築として使われる計画書・工程表(?)・報告書を見ることがよくあったことがきっかけです。西側の文化をそのまま、西側ではない国にもたらそうとしている?という疑問がありました。紛争後の平和構築を行う際に、計画を作る側と、計画を実行する国との、文化の違いがあまりに意識されていないし、それが復興支援に悪影響をもたらしているのでは、という意見が私の中にあります。

西側の文化は素晴らしいものだと思いますが、それをいきなり異なる文化にもたらしても、いっそうの混乱を招くだけの可能性があるのでは。そこで、もう少し他国の文化や、そこにいる人のこと考えて、国の建て直しについて考えましょうよ、ということを修士論文に書きたいと思います。




------------------- 続 き ---------------------

より具体的に言うと、アフガニスタンの国家再建の柱として「ボン基本合意」というのがありますが、そこに「民主主義とイスラム、多様性、社会的正義の原則に基づき、アフガン人が自由に将来を決定する」という くだり があります。「多数による意思をもって物事を決める原則」である民主主義と、その正反対にあるイスラムの原則が、そこに一緒に書かれていること自体、疑問系です。

上記以外にも、重なり合わない部分の方が多い、そんな西側文化を、非西側の国に、しかも国連や国際社会の支援の名の下に押し付けるって、どうなのだろうというわけです。それに、復興支援計画は機械的で、且つ無機質(数字が舞う世界:例えば、ある組織はテントを数百張り現場に立てましたとか、数個の井戸を掘りましたとか、報告書に書いたときに、見栄えがいい感じの資料が多い)で、そこにいる人間のことよりも、実績を重視しているように感じることもあります。

別の事例を出すと、「紛争は必ずしも悪いものではない」という話が当大学院の授業でも、出稼ぎ先だったカナダでも、普通に出てきます。異なる意見同士をぶつけ合えば新しいアイディアが生まれる、紛争があることは健全なこと、という考えが背景にあります。個人の権利が尊重される西洋諸国に見られる考えで、日々の些細な会話であっても意見を求められ、意見の応酬があるのは、その文化の一部の表れかもしれません。

でも、日本で育った私的には、「紛争は悪いものではないよ。むしろ健全な社会の証拠だ」というアイディアを、日本社会に適用するのは難しそうと思いますし、人と衝突しないように振舞うことを、暗黙的に感じさせる「社会(学校、職場、友人、ご近所など)」・環境で生活してきた気がします。ここで個人は、西洋的な個人そのものの尊重というあり方とは少し異なる、共同体があっての個人というあり方のように見えます。「波風を立てない」、「出るくいは打たれる」。

東南アジアも似たような考えを持っていて、ASEAN(東南アジア諸国連合)は、紛争を直接解決しようとしていません。紛争が存在しても、非公式に協議を重ねて合意を作って、紛争を回避する方法を考える組織です。領土問題や、環境汚染の問題など色々抱えているにも関わらず、この、アジア独自の紛争に対処する方法(ASEAN Way)のおかげで、ASEAN発足の1967年以来、ASEAN加盟国である東南アジアの国家間で紛争が起こることもなく済んだとも言えます。シンガポール、インドネシア、マレーシアを初めとする国家元首の舵取りの上手さもあるけれど。
(ベトナム戦争は、ASEAN以外の国が関わっている為、ノーカウント)
(アジアを植民地としたイギリスなどは、その国の文化を壊すようなことはしなかったそうです。そのため、イギリスに「良い印象を持っている」と、インドの学生は話しています。)

そこで一例ですが、そんな紛争をできるだけ避けて、誰の面子も壊さずに非公式の話し合いを通じて問題を良い方向に向かわせようとする文化が、アフガニスタンにもあると理解していますが、そんな国に、例えば「紛争は悪いものではない」「個人が個人としてあるべき」というアイディアをもたらして、紛争をある意味推奨する国に作り上げようとしたら……?

そこにいた人たちは、そんなに簡単にこれまでの価値観をかえることができるのかしら。「国際社会の善意」を持って、他国の固有の文化を破壊することにならないかしら。それをすることで、どういった反応が出てくるのかしら。

また、Azarという人が、紛争後の平和構築に第三国が関わる場合、その平和構築計画を実施・安定させるためには、少なくとも7~10年の期間が必要と言っています。

でも実際、メディアなどから、紛争が収まったように「見えれ」ば、他国の人々の関心はすぐに薄らいでしまう。現在、イラクの復興支援に7~10年の期間をかけて、取り組もうとする雰囲気は、見当たりますか…? 押し付けられた「支援」を残して、支援組織が去った後、その国に残された人たちはどうなるの?!

話がそれましたが、ともかく、紛争後の平和構築を考える上で、文化の違いがあまりに意識されていないし、復興支援を考える際に、その国の人間・社会が主体になっていないと思ったので、その辺りに焦点を当てて、修士論文を書きたい、と思っています。本当は、紛争がもたらす経済も入れたかったけれども、書ききれないので、パス。

まだまだあいまいで、分かりづらく、失礼しました。アウトラインがはっきりしたら、またサイトに書いてしまうかもしれませんが、ご意見などありましたら、教えてください。
お付き合いいただきありがとうございます。m(_ _)m

ちなみに、この話を熱くスーパーバイザーに語ったら、目が輝いていたので、ちょっと嬉しかったです。アウトラインの助言をいただいたのでした☆ しかも、夏休みでも必要ならアドバイスに乗ってくださるって♪フフー、頑張ります☆
[PR]
by gwenlondon | 2006-06-20 10:16 | 勉強
<< グリニッジ探索 - 大学編 - パブで応援:日本 vs クロアチア >>
トップ

ロンドンに留学していた大学院生です。こちらで見た面白いもの、経験を記録してきましたが、帰国により、ロンドンからの発信は終了となります。これまでありがとうございました。m(_ _)m
by gwenlondon