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ロンドンで「和」を体現する
「行儀よく振舞う、場の空気を読む。」アキさんが自分の行動をネガティブな意味を込めてこう表現していました。これはとっても日本的な価値観かもしれません。でも、とてもいい価値観だと思います。これをロンドンでの生活で実践することは何ら恥じることではないし、逆にイギリスに来たからって、イギリスにいる人たちと同じように振舞う必要はないでしょう。持っている価値観とか文化って、誰もが納得する定義を付けることができないのですが、これって外国に住んだり、近所に住む外国からの人と交流したり、職場で外国から来た同僚と交流したりする時に、特に意識させられるもので、且つ、自分は何者なのかという問題に関わってくるものだと思います。

時々忘れることもありますが、私は基本的にお茶で学んだ型とお茶の心を現実の世界でも適用していきたいと思っています。日本にいたときに、実は茶道を5年ほど習っていたのですが、その時に感じたのは、型のある振る舞いはとても美しいということ。お茶を点てるときの動き、お茶碗を差し出す動き、動と静のコントラスト、何もかもが型にはまっているってぎこちなさそうに聞こえるけれども、それが自分のものとしてなじんでくると、本当に美しく見えます。

(ちなみに、別に「お茶の心得を修得した」と言っているわけではありません。5年というほんの短い間、お茶から感じたことで、生活に反映させようと思っていることを書いてます。)

相手が良い気分でいられるよう配慮しつつ、でもそれを必要以上に表立って見せない、影で控えているべき部分ではそのように振舞う。相手をおもんばかる「心」。日本的な作法ではあるけれども、こういうものを自分の型として、べースとして、持って日々を生活することは、それを理解できる相手からの尊重も得られるのではと思いますし、何よりも、品位を感じて過ごすことにつながると思います。郷に入れば郷に従うのは当然だけど、その社会での文化や規則とは関係ないところに、この「自分の型」は存在すると思うのね。自分の芯というか核というか。異なる文化圏で生活しても見失わずに持ちつづけたい、行動の型。つまりは「自分」を見失わないということにもつながると思います。

私のクラスでは、イスから滑り落ちそうな体勢で座って先生と話しているのを見ると、えーっと思います。これ自体、別に他人の行動であり、はっきりいってどうでも良いのですが、「自分」はそういういことはしない、ということ。
先生にお会するときは、敬意を払った態度をする、ジーパンを穿いて面会しない、ふんぞり返らない、資料などを渡すときは両手で渡す。これは自分の「型」から生まれた行動であり、こういう風に相手に敬意を表していきたいと思うのです。小さなことだけど、そういう小さなことこそ、私的にはずっと続けていきたいですね。何よりも、自分にとって気持ちが良いから。そして、そういうことが理解できる人と友人になりたいと思うから。

それが、大学院のクラスメートで仲良くなったユーだったりします。別に彼女に、「私の型が理解できる?」と聞いたことはないけれども、彼女は相手を相手として尊重できる人だと思うからね。(ちなみに、私のフラットでは絶対にありえませんが)

自分の持つ文化とは異なる文化圏で、品位を保って日々を過ごせるかどうかは、他人の判断ではなく、結局自分の心構えによるのでしょうね。

機会があればお茶をしたいなぁと、フッと思った火曜日の夜でした。お茶が恋しい…。日本にいたときに過ごした茶道教室での時間は、日々の雑事を忘れさせ、心をリセットさせてくれるものだったから。茶道の先生にクリスマスカードを書かないとね。
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by gwenlondon | 2005-11-23 04:18 | 自己認識
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ロンドンに留学していた大学院生です。こちらで見た面白いもの、経験を記録してきましたが、帰国により、ロンドンからの発信は終了となります。これまでありがとうございました。m(_ _)m
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